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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(う)32号 判決

被告人 福岡善雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官鈴木義男名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、本件において、検察官が被告人に対しとつた一連の行為は、信号無視及び飲酒運転についての警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問並びに道路交通法六七条二項、三項の規定に基づく呼気検査及び危険防止のためになされた適法かつ妥当な措置であるのにかかわらず、これを適法な職務行為と認めず、その結果被告人を無罪とした原判決は、被告人の公判廷における弁解にとらわれて証拠の価値判断及び取捨選択を誤り、事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原審並びに当審において取り調べた各証拠によれば、(1)福井県警察本部警備部自動車警察隊勤務の司法巡査城忠和、同大下敏彦の両名は、昭和五一年三月三日午後九時五分ころから福島県鯖江市丸山町四丁目七番二五号三菱石油鯖江北給油所の南側交差点西角にパトロールカーを停車して西従貫道路における右側はみ出し禁止違反車両並びに北方約一〇〇メートルの三六橋南詰交差点に設置されている信号機の信号違反車両の監視、取締りに従事中、午後九時一〇分ころ三六橋を時速約二〇キロメートルで南進してきた被告人運転の普通乗用自動車が、右交差点で対面信号が赤色を表示しているのにこれに従つて交差点直前で停止せず交差点内に進入したのを現認したので、パトロールカーの助手席から城巡査が下車し、交差点を通過して進行してくる被告人車両に停止合図を送り、道路左側に停止させてから被告人に赤色信号無視の違反事実を告げたところ、被告人は「クラツチがはずれないので来てしもうたんや」と弁解したが一応その違反事実を自認したので、同巡査は被告人に運転免許証の提示を求めてから被告人車両を誇導し、約七メートル前進したところで左折して停車させた。そして、城巡査は右違反事実に対する事情聴取などを行うために、被告人に約一五メートル離れた交差点の反対側に停車するパトロールカーまで同行を求めたが、被告人は「うちがなんで行かなあかんのや、お前らが来い」などといつて応じなかつた。それで、城巡査は大下巡査に対し合図をしてパトロールカーを被告人車両の約五メートル前方まで移動して停車させて、城巡査がさらに被告人を説得したところ、一応被告人は下車したのでパトロールカーまでの同行を促した。その際約一メートル離れて相対する被告人が酒臭をさせており、被告人に酒気帯び運転の疑いが認められたので、城巡査は被告人に対し「酒を飲んでいるのでないか、検知してみるか」といつて酒気帯びの検知をする旨告げたところ、被告人は急激に反抗的態度を示して「うら酒なんて関係ないぞ」と怒鳴りながら城巡査が提示を受けて持つている免許証を奪い取り、エンジンのかかつている自車の運転席に乗り込んで、ギヤ操作をして発進しょうとしたので、大下巡査が被告人の酒気帯び運転になる危険を防止するため、運転席の窓から手を差し入れエンジンキーを回転してスイツチを切り被告人が運転するのを制止した。この大下巡査の運転制止の措置に対し、被告人は憤激し「お前らなんじや、やるならやつてやるか」などと怒号し、下車してきて大下巡査の胸倉を両手で掴み「やるならやつてやるぞ、お前らどこにいる奴らや、鯖江か武生か、うらを誰やと思つているんじや」と怒鳴りながら同巡査の身体を押したり振り回したり、自動車に押しつけるなどの暴行を加えた。この間、城巡査が被告人の右暴行を制止するため右大下巡査を掴んでいる被告人の手を振りほどこうとしたが、被告人の力が強くはずれないので、被告人の左拇指を押え込むようにしてようやくこれをほどいたところ、更に、被告人は城巡査に対し「なに小生意気な奴や」などと怒号しながら両手で城巡査の胸倉を掴み、押したり振り回したりしたうえ、靴穿きの足で蹴りつけ、さらに、左手拳で右顔面を殴打する暴行を加えた。(2)このように被告人が城巡査並びに大下巡査に対し暴行を加えその職務を妨害したので、城巡査において被告人に対し「公務執行妨害の現行犯で逮捕する。」旨を告げて大下巡査と共に被告人を逮捕しょうとしたところ、被告人は「この若いのがなにをするんにや、生意気な後でどうなるかわかつているやろうな」などと怒号し、手錠をかけようとする大下巡査の股間を四回位蹴りつけ、付近の空地から長さ約七〇センチメートル、直径約三〇センチメートルの土管を拾い上げて頭上にかざし、わめきながら両巡査を追い回したうえ、大下巡査目がけて投げつけ、さらに一八リツトル入りブリキ空缶を拾い上げて両巡査を追いかけ、大下巡査目がけて投げつけてその右足に当てるなどの暴行を加え、右暴行により大下巡査に対し加療約一週間を要する前頸部、陰部打撲傷の、城巡査に対し全治約一週間を要する右口唇部切創の各傷害を負わせた。(3)被告人が、右の如く土管や空缶を持ち出し投げつけるなどの所為に及んでいるため、城巡査並びに大下巡査は生命身体に危険を感じ、被告人に近寄れないでいる隙に被告人は自車に乗り込み、発進逃走したので、両巡査はパトロールカーで追跡し、同日午後九時三五分ころ応援にかけつけた警察官らの協力を得て、右犯行地点から約八〇〇メートル程離れた鯖江市神明町三丁目四番二一号地先路上で被告人を逮捕し鯖江警察署へ引致した。(4)なお、被告人は、右当日終業後、勤務先会社の普通乗用自動車を運転して同僚の加藤整司、河野和夫らを同乗させて帰途につき、国鉄福井駅裏でうち一名を下車させてから、加藤、河野と共に福井市内でスナツク喫茶「さちこ」に入り、同店で午後六時四〇分ころから同七時一〇分ころまでの間三人でビール中びん五本位を飲み、さらに同市内の「石松寿し」において午後七時三〇分ころから約一時間にわたり、被告人と加藤の二人がビール大びん六本位を、河野は他の知人と共に清酒をそれぞれ飲酒した後、被告人は同市内の喫茶店「ターバン」に立寄り、自動車を運転して武生市に向い、午後九時一〇分ころ、前記三六橋南詰交差点にさしかかつたものであるが、被告人の右飲酒の状況(被告人の司法警察員に対する昭和五一年三月一三日付供述調書によれば、被告人自身は、スナツク喫茶「さちこ」ではビール中びん二本位、「石松寿し」ではビール大びん二本位をそれぞれ飲んだ旨自供している。もつとも、被告人の逮捕後、鯖江警察署で飲酒検知を実施した結果、検知管にアルコールの反応が見られなかつたことが窺知されるが、当時の時間的経過並びに具体的な呼気採取方法等に照らし、これが被告人の酒気帯び運転の疑いを否定する資料とはなし難い。)等に照らして、被告人が当時酒気を帯びて自動車を運転していたことは極めて明瞭である。以上の事実が認められ、被告人の原審並びに当審における各供述のうち右認定に反する部分はにわかに措信できず、他に各認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実関係によれば、大下、城両巡査において被告人に対し信号無視違反の容疑で停止を求めて職務質問を継続中、被告人に酒臭を感じ、酒気帯び運転をしているのではないかとの疑念を抱くに至つたことは、極めて自然かつ合理的であり、この疑念を確かめるため飲酒検知を告げることは捜査官として当然の措置というべきである。本件では城巡査が被告人に飲酒検知を告げるや、被告人は検知を拒否し、提示していた免許証を同巡査から奪い取り、自車に乗り込み発進しようとしたものであつて、大下巡査が被告人の右一連の行動から、被告人が警察官の取調べを免れるとともに自己の酒気帯びを隠すため発進逃走するものと思い、被告人の酒気帯び運転による危険を防止するため、発進を制止し、引き続き被告人車を停止させるためエンジン・スイツチを切つたものであるから、被告人の右違反容疑の蓋然性並びに当時の事態に対処するための必要性、緊急性を考慮すると、大下巡査の右行為は、信号無視及び酒気帯び運転についての警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問並びに道路交通法六七条二項、三項、警察官職務執行法五条の規定に基づく呼気検査及び危険防止と犯罪の予防、制止のためになされた適法かつ妥当な職務執行行為と認めるのが相当である。従つて、大下巡査のエンジン・スイツチ切断の措置に憤激した被告人が同巡査に加えた暴行並びに右暴行を制止しょうとした城巡査に加えた暴行はいずれも不法な攻撃であつて、これが公務執行妨害に該ることは明らかであり、しかして、両巡査の被告人に対する公務執行妨害の現行犯人逮捕行為も適法といわねばならず、この適法な職務執行行為に対しさらに被告人において両巡査に加えた暴行もまた違法であることは多言を要しない。

そうとすれば、本件は、検察官所論のとおり被告人に公務執行妨害、傷害の犯罪成立は免れ難いものとしなければならない。

しかるに、原判決は、本件公務執行妨害、傷害の成立に関し、大下巡査の前記エンジン・スイツチ切断行為が適法な職務行為とはいえないとし、右行為が適法であつてはじめて適法な職務行為となりうる城巡査の被告人に対する制止行為並びに両巡査の被告人に対する公務執行妨害の現行犯逮捕はいずれも適法なものとは認められず、被告人が両巡査に暴行、脅迫を加えたとしても公務執行妨害罪の罪責を問われないし、被告人において両巡査に対し傷害を負わせたとしても違法性ないし故意がないとして被告人に無罪を言い渡したことが、原判文に徴し明らかであるから、原判決には、検察官所論指摘の事実誤認があり、ひいて警察官職務執行法二条、五条及び道路交通法六七条の解釈適用を誤つた結果、警察官の職務執行を不適法と判断し、本件に適用すべき刑法九五条一項、二〇四条を適用しなかつた法令適用の誤りが存し、これらの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。検察官の論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五一年三月三日午後九時二〇分ころ、福井県鯖江市丸山町六〇八番地先路上において、交通取締中の福井県警察本部警備部自動車警察隊勤務の司法巡査城忠和(当時二八年)、同大下敏彦(当時二二年)の両名から信号無視及び酒気帯び運転の疑いで取調べを行うために、同地先路上に停車するパトロールカーまで任意同行を求められたが、これに応ぜず「うら酒なんて関係ないぞ」などといいながら、自己の運転する普通乗用自動車に乗り込み発進しようとしたので、被告人の酒気帯び運転による危険を防止するために、大下巡査が運転席窓から手を差し入れ、エンジン・スイツチを切つたのに憤激し、やにわに「お前なんじや、やるんならやるか」などと怒号しながら車外に出てきて、両手で大下巡査の胸倉を掴み、押したり振り回すなどの暴行を加え、さらにこれを制止した前記城巡査の胸倉を掴み、押したり、靴穿きの足で蹴りつけ、左手拳で右顔面を殴打するなどの暴行を加えたうえ、さらに両巡査が被告人を公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとするや、「この若いのがなにをするんにや、生意気な、あとでどうなるかわかつているやろうな」などと怒号して大下巡査の股間を数回蹴りつけ、付近の空地にあつた長さ約七〇センチメートル、直径約三〇センチメートルの土管及び一八リツトルブリキ缶を持ち出して振り上げながら両巡査を追いまわし、右土管及び空缶を大下巡査目がけて投げつけるなどの暴行を加え、もつて右両巡査の公務の執行を妨害するとともに、右暴行により大下巡査に対し加療約一週間を要する前頸部、陰部打撲傷、城巡査に対し全治約一週間を要する右口唇部切創の各傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(累犯前科)

被告人は、

(一)  昭和四五年七月一日武生簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年四月に処せられ、昭和四六年一二月二六日右刑の執行を受け終わり、

(二)  その後犯した住居侵入、銃砲刀剣類所持等取締法違反、賍物収受の罪により昭和四七年一一月二八日金沢地方裁判所で懲役一年二月に処せられ、昭和四八年九月七日右刑の執行を受け終わり、

(三)  さらに、その後犯した窃盗、賍物収受の罪により昭和四九年六月一一日武生簡易裁判所で懲役一年八月に処せられ、昭和五〇年一二月一四日右刑の執行を受け終わつた。

ものであつて、右事実は前科照会回答書及び被告人の司法警察員に対する昭和五一年三月四日付供述調書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、公務執行妨害の点は包括して刑法九五条一項に、各傷害の点は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右公務執行妨害と右各傷害は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い大下に対する傷害罪につきその定めた懲役刑で処断することとし、なお被告人には前記の前科があるので同法五九条、五六条一項、五七条により四犯の加重をした刑期の範囲内で、被告人の素行、経歴、前科を初め、本件犯行の動機、態様、罪質等諸般の情状を考慮して被告人を懲役八月に処し、刑法二一条に従い原審における未決勾留日数中六〇日を原判決の本刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを全部被告人に負担させないこととする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 中原守 横山義夫 宮平隆介)

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